ローマ時代(トレトゥム)

トレドについて最初の記述が出てくるのは、紀元192年のことで、ティト・リビオが簡潔に「Parva urbs, sed loco munitia(小さな町、しかし、しっかりした城塞)」と書きました。町ですが、人が住んでいなかったのです。そこは、カエサラウグスタ(サラゴサ)と エルミタ・アウグスタ(メリダ)がひとつに繋がった石畳がイスパリスとベティカに向けたタホへの道と合流する場所だったため、従って非常に重要な土地とな り、その条件が幸いして帝国時代に繁栄がもたらされたのでした。

彼らは、寺院、劇場、半円形劇場、道路のようにしっかりした城壁、橋、水供給システム、そして下水システムまで、今に残しています。またローマ競技場には13000人に及ぶ観客が収容可能だったということで、紀元1世紀後半という時代としては無視できない数字です。

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